皮の持ち込みで

f0257789_20144631.jpeg
f0257789_20153172.jpeg

俺が初めて獲った鹿の

その皮でパンデイロ的なモノ作って下さい

そういう依頼

あの浅田真央ちゃんも
猪捌いてみたい
と言ったとか…

時代は動いてる
確実に
思いもよらない明日へ向かって

japanese modarn style




f0257789_20211393.jpeg

凍てつく寒さもすっかり緩み
また春が巡って来ましたねぇ

時代は確実に動いてる

f0257789_20230365.jpeg


[PR]
# by kei-grande | 2018-03-14 20:24 | Pandeiro パンデイロ | Comments(0)

f0257789_19514085.jpeg
f0257789_19521473.jpeg
f0257789_19524410.jpeg
ナニが作りたい

って

大まかなイメージと

実際手に入るモノと

自分の持つ経験と

スキルと

時々の気分と

いろんな要素が相まって
自分のイメージを超えるモノが目の前に形になる面白さ

コレがいわゆる表現
Expressão

というヤツなんだろうな
と思う

ロングタイプのkettedrumの音を目指し
atabaqueスタイルのチューニングのし易さを取り入れた
オリジナルdrum

鹿皮
檜のボディ
畳の縁の端切れ

現代日本のトドコオリを音に換える

誰かの感性に届きますように
良いご縁に恵まれますように



f0257789_20050036.jpeg


[PR]
# by kei-grande | 2018-03-14 20:07 | Atabaque アタバキ | Comments(0)

almonde

f0257789_21380020.jpeg

アルモンデ:有るモンで

芯の朽ちたヒノキ
ロープ

f0257789_21390185.jpeg


それぞれにそれぞれのストーリー

みんなご縁あってうちに有るモンで


良いご縁に恵まれて
落ち着くところへ落ち着きますように


皮とロープは
故内山伸治さんより譲り受けたモノから


1990年代初頭のdjembeジェンベ日本上陸
一目見てビビっ!と来た翌日
工房の裏山でケヤキの倒木を見つけ
それを掘り出したのが太鼓作りの始まりだったという内山さん
俺と彼とのセンスはまたぜんぜん違うけど
!!!
っという衝動はきっと同じなんだよなぁ〜
そうですよね内山さん
とか一人心のうち故人と
なんか会話しながら作ってる
そんな感覚でした


芯朽ちのヒノキは
材としては焚付けにするほか価値のない
林業者にとっては言ってみればゴミみたいなもんかな

f0257789_18405643.jpeg
そんなに稀でもなく有る
というのが現状のようで
どんな環境でこの芯朽ちが出て来るか?
というと
どうもかつて畑や田んぼだった場所に植林されたところで
よく出て来るみたい
土が肥え過ぎてるとそうなるみたい
いろんな人からそう聞く

昨年の「きこりフェス」の会場もそういう場所でした

f0257789_18035833.jpeg

このじゃんべも会場設営の為の伐採で出たモノから

f0257789_21383343.jpeg
実際結構簡単に見つかるくらいの頻度で有るのです

なんでそんな場所
田畑にまで植林したのか?
そんなに将来の需要を見越して
儲かると踏んで植えたの?

疑問でした

1960年代くらいかな
日本中で植林が奨励された時代があったとさ
その時代のモノがそろそろ材として使えるサイズに育って来た
というのが今

でも外材との価格競争から
伐っても儲からん
だから放置
山荒れる
川荒れる
国土全体が荒れる

そういう具合が現代

林業は国に捨てられた
そういう声を聞きます

で芯朽ち
なぜ田畑まで植林
これ一本植えたら幾ら
と国からの補助金が出た
そういう話を最近聞きました
なっとく

国の政策に振り回されてる
金に振り回されてる

林業だけじゃない話だね
あらゆるモノコトが
振り回されてる

個人の暮らしも
社会も環境も

鍼灸あん摩の保険請求もね
ころころシステムが変わって本当めんどくさいったらありゃしない

システムという実態のない
だけど実際に大きな力を持って作用してる
そういうモノに振り回されない

そういう生き方がしたいのです

ないモノねだりしても仕方がないので
almonde
有るモンで

太鼓というモノを一つの切り口として
価値がないとされているモノに価値を創造し
社会全体のトドコオリを循環に復帰させる
そういうコトに寄与したいな
とか思います
マジで
小さな小さな
アリの一押しですが

f0257789_21444415.jpeg

富士山麓の環境を切り口に今という時代を捉える
富士山環境交流プラザ
富士宮市粟倉1618-9
2/17-3/4(火曜休館)
9:00-17:00

もうすぐです(^_^)











[PR]
# by kei-grande | 2018-02-07 21:58 | Djembe じゃんべ | Comments(0)


f0257789_18340082.jpeg


-ホント〜〜〜!っの名前を教えてくれよ!-

今年も2/17〜3/4にかけて開催される
に向けての打ち合わせと
出展する作品を創りに出張った富士宮
誘われて繰り出した夜の街
初体験のスナックにて

-あれ?キミ柚野の縄文人でしょ?-

f0257789_18355954.jpeg

…柚野の縄文人トシくんといえば
富士宮では誰もが知ってる有名人
よく間違えられます
-今日は毛皮じゃないんですね
とか

f0257789_17525274.jpeg


-ちげぇ〜よ
こいつは弥生だよ
や・よ・い-

-え?
ヤヨイ?
ヤヨイって名前なの?-

はい、弥生です
よろしくお願いします♪

-いや、そんなわけないでしょ
ホントはなんていうの?-

ホントはぐらんじです(^_^)

-え?!ウソ?

マジっすf^_^;)

-ホントーーー!っの名前を教えてくれよ
俺○○○
よろしく!-

長谷川啓です
よろしくお願いします!

…何せ酒の席でのこと
どこからどこまでが真実で
どこからどこまで酔っ払いの戯言なのかはわからないけど…

静岡、神奈川、東京に営業所を持ち
近々は名古屋にも進出を考えている
従業員100名超
年商10〜50億を稼ぐという○○○さんに
俺の苦手な お金の稼ぎ方 を聞いてみた

仕事の価値、値段っていうのはどうやってつけたらいいんでしょうか?

-リアルをとことん!見つめて
とことん!考えたら見えてくるよ
コレだ!っていうところが
考えて考えて考え抜く!
キミにはそれが出来るよ
キミはリアルを見てる
そういう顔をしてるよ-

リアル
身体のこととして捉えればそれはよくわかります
頷ける話
リアルな現状をとことん感じる
そうすれば答えは自ずと見えてくる
痛くない在り方
苦しくない在り方
ラクな在り方

そっかそっか!
やっぱりそういうことなんだ
同じなんですね
ありがとうございます!!!

リアルに足を着けて考えること
それは感じることから始まる
お金を稼ぐことであれなんであれ
どうもそういうことなんだな

feel×think=life on the real

そんな式がふと頭に浮かんだ


『富士山環境展』
5回目を迎える馴染みの実行委員メンバーで話し合うことはいつもコレ
何が正しくて何が間違っているかなんて誰にも断言出来ない
答えを示すことなんて出来っこない
さまざまな体験を通してリアルを感じてもらう
やれることはそれだけ
それだけをやれる

f0257789_01075344.jpeg
f0257789_19554469.jpeg
f0257789_01061802.jpeg

その上で
を考えはじめる
そういうきっかけとして機能すること
それが環境展の目的だよね

その体験がエンターテイメントとして
人々を惹きつける
楽しいモノであれば
実収入となって懐ろに入ってくる
それは本当の意味で
森のめぐみをいただくことに繋がる
それがリアルな環境との共生ってことなんじゃないか
とも思う

やっぱそれをすることで何かしら潤いが循環して来なきゃ
やれないもんね
どんなお題目唱えたって



今回もリアル各種取り揃ってます!


f0257789_19360061.jpeg

さまざまな分野の作家による
「富士山麓のリアルな素材」
を使った作品が展示されます

そんななか今年も太鼓出させてもらいます
リアルをとことん剥き出しで

f0257789_18415065.jpeg
f0257789_18405643.jpeg

併設イベントも盛りだくさん!

f0257789_18431622.jpeg
2/18「きこりと猟師の森歩きツアー」
きこりの目線、猟師の目線、それぞれのリアル
同じ森を歩いても目線が違えば違うリアルが見えてくる
人は見るモノを選んで見ている
フィルターを通して見ている
そういうイキモノ
猟師のフィルターを通せば行き交うケモノたちの姿が
きこりのフィルターを通せば先人たちの仕事っぷりが
森のなか浮き上がって見えてくる
森に生かされているリアルな命が見えてくる
見えなかったリアルが見えてくる

f0257789_21351263.jpeg


2/24「はじめての鹿の解体」
わたしたちが日ごろあたり前に口にする「肉」
コレっていったいなんなのか
命をいただくとはどういうことなのか
リアルに一目でわかります
さらに事前予約された方にはジビエ料理も用意されます
命を食せばリアルが腑に落ちる
百聞は一見にしかず
百見は一食にしかず
はじめての…と銘打ってますが
二度目三度目でももちろんOK
見れば見るほどにリアルは
底なしの奥行きを持ってただそこに在る

f0257789_19255612.jpeg
f0257789_19265204.jpeg
f0257789_19242992.jpeg
f0257789_19273122.jpeg



2/25「鹿の解剖実習」
解体と解剖って何が違うの?
解体は「食べる」ところに目的があり
生命としての根源的欲求に根ざす
解剖は「知る」ところ
ヒトとしての根源的欲求に根ざす
好きな人にはたまらない
マニア向けコンテンツ
なにせ
持ち物:ピンセット

また2/24・25とかけては
「はじめての鹿の解体」で剥いた生皮を使って
2/17から展示中の作品…未完成の太鼓に
その場で張る
そういうパフォーマンスします

f0257789_19130377.jpeg

f0257789_19282724.jpeg

太鼓は叩くだけじゃなく
作るのもまた楽しいんです
太鼓の皮張り
それも生
めったに目にする機会はないかと

じつは俺も生で張るのははじめてだったりして

-上手くいかなかったらどうするの?-
とか聞かれますが

やってみなきゃわかんないから
やってみたい
それをやれる機会があるならやりたい!
それだけの
ただの遊び心です
この遊びにお付き合いしていただける方お待ちしてます♪

そうして張った太鼓は
3/4までの残り展示期間
展示室に戻され
(なんせ生…臭いの問題も含め無事戻れるのか?
という不安要素も多々あるなか)
乾燥が進み完成へと向かう

そういうパフォーマンス込みで一つの作品
として出展します

解体解剖に参加のついでに
展示作品を見に来たついでに
あるいはそれだけを目当てに
リアルを見て触れて聴いて楽しんでもらえたら幸いです

3/3「鹿皮の植物タンニンなめし」
柔らかく革める(アラタメル)と書いて「鞣し(なめし)
靴や鞄に財布やコート
何気なく使っている革製品の
その革はどのようにして出来ているのか
皮から革へとアラタマル過程のリアルを体験すれば
革製品を見る目が劇的に変わることは確実

f0257789_19553859.jpeg
f0257789_19565700.jpeg


3/3はもう一つ「鹿皮と竹の太鼓作り」
人々を楽しませ踊らせる太鼓
太鼓といえば太古から動物の皮なんです
命をいただくのはなにも食べることだけじゃない
命の痕跡が見えないモノに溢れた時代にあっては忘れがちな事実
衣食住すべて
それが動物由来であれ植物由来であれすべて
命をいただき人類は今日まで命を繋いで来た
間違いなく!

リアル(命)に触れ
リアル(命)で遊ぶ
命で遊ぶというとなにやら不謹慎な感じもしますが…
それはとても神聖な行為であると考えています

f0257789_18525828.jpeg

さらに3/3「ギャラリートーク&ジビエを楽しむ会」
アートの世界で名の通った御二方が語る
富士山の環境とのかかわりとは?
興味深いです
ジビエを担当するのは高級フレンチ
「レストランKAWASAKI」
え!これをこの値段で出しちゃっていいの?
っていう内容です
楽しみ〜(^_^)


3/3-4と二日間にわたる「鹿革で革靴作り」
募集定員2名!の狭き門
プロの靴職人がつきっきりで指導してくれる
本気の本気の人向け
申し込みはお早めに
足元にリアルを履きこなせ

3/4「鹿革でペンケース作り」
世界に二つとない
可愛くてオシャレ
なによりもリアルなペンケースを自作出来ます

f0257789_19081452.jpeg



『富士山環境展』
タイトルが示すように富士山の環境のリアルな現状というモノを切り口としています
でもコレじつは富士山麓に限った問題ではなかったりします
日本中の山が抱えている問題でもあり
そしてじつは山だけで完結する問題でもなかったり

f0257789_19153250.jpeg

川上から川下まで
山から里へ街を抜け海まで続く循環のなかで起きている問題だったりします

f0257789_19163495.jpeg


今、日本の山で起きているのはアンダーユース
資源が使われていないことによる循環障害です

なぜ使えるモノが使われず捨てられているのか?
それを考え出せば世界規模の循環不全が見えてくる
山も街も日本も世界も全部が関係せずにはいられないことが見えてくる
どこに暮らす人にとっても無関係ではいられない
そういうリアルが見えてくる


じゃどうしたらイイ?


まずリアルを体感すること
すべてはそこからはじまるんじゃないかなぁ
そこからしかはじまりようがないんじゃないかな
リアルから鹿

正解は誰にも断言出来ない
まず体感
それは楽しくありたい
楽しくなきゃ

いろんな欲求
いろんな「〜したい」
を楽しく叶えて行く先に

何か良いアイデアが
いろんな人からいろんなアイデアが次々と浮かんで来る
そういうもんじゃないかじゃないかと

人類が未だかって経験したことのない今日というリアルから
明るい日、明日のリアルをはじめるためのアイデアが
はじまりのはじまりが自ずと湧いてくる

…んじゃねぇかなぁ〜〜〜〜〜〜〜




日本を代表する山のなかの
富士の麓から世界に向けて
運営に携わるスタッフ一同
遊び心を携えて
本気の本気で鋭意発信準備中です


2/17〜3/4は
ワタシと森のかかわりがきっと見えてくる
ワタシと世界のかかわりがきっと見えてくる
お楽しみに(^_^)


f0257789_19174364.jpeg












[PR]
# by kei-grande | 2018-01-23 19:47 | Projeto 企画 | Comments(0)



“とにかく逢って欲しい漢が居る”

そう告げられた晩
彼、小林陽介は俺の夢枕に立った

“いつまで生きていられるかわからない
命が有るうちに遭わせたい”

片道5時間近い距離を走ったのは
呼ばれてる
そう感じたから

“雰囲気が似てる
二人が逢えばナニカが起きる
そんな気がする”


ナニが起きるのか
見てみたい
そういう衝動にも駆られ



…ヒジリ…行者…聖者…サドゥー…?

骨という骨が浮かび上がるほど瘠せこけ
ユラリと昇るように力みなく立つ姿は
悟りをひらく寸前の釈迦牟尼をかたどった彫像を思わせた
髭と髪の奥に鋭く光る眼は
達磨を思わせた

そんな彼も死を畏れ肉体の痛みに苦しむ
普通の人でもあった
神棚の前に跪き一心に救いを求め神仏に祈る姿が印象深い

大吐血で生死の境を彷徨った後にもう一度逢った
拍子抜けするほど元気だった
こりゃ持ち直したんじゃないか
病魔は去ったんじゃないか
そう思えるほどに
眼光を失わず
意識は明晰だった

病室で二人きり夜を明かした

その二度の機会
命有る誰もに平等に訪れる死をどう迎えるか
その瞬間をいかに氣楽に迎えるか
生死という陰陽の統合を
語り合い
手当てをした
とにかく肉体の痛み苦しみを緩和すること
俺に出来ることはソレだけ
手を当てることだけ
ソレだけで
死の淵を覗いてなおの痛み苦しみすら融かす
relax
は可能なんだという事実を見せて貰った




その後退院

それから2,000枚とも云われる量の書画を遺してこの世を去った
力みはなかったと伝え聞く



…あとあと思い出して見ると…
前に一度逢ってる!
一緒に朝まで太鼓叩いてるわ

上手いとか上手くないとかを超えた
ジャンル分けのできないオリジナルさで
自身への自信に溢れた
そういう音を出す漢だった

あの時も
昇る朝日に拝しお経らしきモノを大真面目に唱える姿が
あまりにも浮世離れしてて印象的で思わず名前を聞いたっけ

-俺ヨースケ

ぶっきら棒な漢だった

「小林陽介 作」の彫刻や絵画、書は見たことがあった
どんなヤツなんだろう?
とは思ってたけど
まさかソノ小林陽介と
アノぶっきら棒のヨースケが
同じ漢だとは思いもしなかったけど

間違いない



〜小林陽介を偲ぶ会〜にて
一堂に介した作品群
ことに退院後の一ヶ月ほどの間に書いたと聞く書画には
死を受け入れ
かつ
死を超えてさらに飛翔しようという
そういう心象を見た

あぁ、彼は超えて行ったんだなぁ
生死を超えて飛んだんだなぁ

悲哀抜きの爽快感を見た

彼の作品
ほとんどが初めて見る作品
大量の作品

36歳という若さで
これだけ大量の作品を
これだけ気合いの込もった作品を大量に作り続けた
その激烈な熱量に圧倒された

…と同時に
繰り返し繰り返し表れるモチーフをメタファー暗喩として捉えれば…

天狗
達磨
布袋
アマテラス
大日如来
不動明王
薬師如来

九尾の狐
八咫烏
鹿
この世のモノとは思われぬ精霊たち…



ふと
気がついた!

…彼が自身の最期を覚悟してからの棲家として選んだ
熊野という土地に込められたメタファー…

繋がる!
俺わかっちゃった

ヨースケくん
わかってたんだ
っていうか自分で選んでたんだ
そう望み
望む通りを生きたんだ

あの場所も
自分自身の逝きざまも

100号のドでかいキャンパス
退院後に描いた一連の大作は
道教に伝わる純陽化のプロセスを描く絵や
禅の公案「尋牛』の通し絵に似てる
っていうか同じ…

純陽化とは
太陽を存思し
太陽に向かい
太陽と一つに繋がり
太陽そのものとなる

純陽化
それは神仙の術
不老不死の仙人への道
古代から続く魂の錬金術
練丹術の最終到達点

それは世界各地あらゆるところに古代から信仰された痕跡の遺る太陽信仰と直結する

天照大御神
大日如来

太陽
純陽のシンボル

そして龍
龍もまた世界中で古代から畏れ敬われて来た存在
それはエネルギーの象徴
太陽はエネルギーの塊


熊野といえば修験の地
古来天狗が飛び交うところ

天狗といえば超越者
修行の末に常人を超えた能力を開花させた人
特異能力者

行者たちの社
熊野大社が祀るのは八咫烏
八咫烏は太陽へのガイド
太陽信仰

また熊野古道で繋がる高野山は
弘法大師 空海
空海は今もなお生き続けているとされる
不老不死


…仙人が棲むにふさわしく
山深い彼の終の棲家の脇には
まるで龍自身であるかのように川がのたうち流れ
その川沿いの一本道を少し降ったところ
玉置神社の看板…
前に来た時は気にも止めなかったその看板を見て…!

…神社のシンボルは九尾の狐

玉置神社
玉を置く神社
魂を置く神社

詳しい友人に聞いたところ
九尾の狐は蛇の化身であってやがて龍となる
とされているらしい
また人にも化けるとも

玉置神社は龍になる場所
魂を置いて

陰陽を八の二乗64分割して世界を捉える「易」という世界観では
陽のなかの陽のなかの陽
つまり純陽を「乾」と呼ぶ
乾坤一擲の「乾」
これを現す動物は龍
純陰「坤」を表す動物は牛

「乾坤」
乾は純陽
坤は純陰
陰陽それぞれの極みの極みの極み
反対側へとひっくり返るまさにその一点

龍と牛は陰陽それぞれの極まりのメタファー
神仙の世界観の根本を支える太極観を表す

燃え盛る焔を背負った険しい不動明王は陽
柔らかさの極みの薬師如来は陰
これも同じ話

…純陽
陰中陽有り
陽中陰有り
絶対的に純粋なる陽など存在しない
それはどこまでも入れ子である
というのが陰陽の基本的考え方のなか
純陽とは?

陰陽を超える

輪廻を超える
因果を超える

生死を超える
そういうことだ

最初っから
彼は超えたかったんだ

病を知るよりも前から
そういう予定だったんだ

飛び立ちたかった
あらゆる制限を超えて
超越したかったんだ

不意の病によって番狂わせの予定変更に戸惑いはありつつも
ハナからそのように向かってたんだ

熊野
那智
玉置神社
達磨
天狗
八咫烏
九尾の狐


太陽信仰の修験の地
熊野で
玉置神社に魂を置き
八咫烏に導かれ
那智の瀧を昇り太陽へ
太陽そのものに
純陽化
龍となった
生死を超え
不老不死を得た
作品のなかに魂を置いた
作品に総仕上げの魂入れをした

そういうストーリーをハナから描いてた
そういう逝きざまを描いてた

そうして自分自身の生きざまそのものを
作品として完成させた
磨き続けた魂を入れた

思ってた以上の加速度に
気持ちと身体がギクシャクしたりもしたけれど

痛み苦しみに心揺らぎながら
迷いながらも
最期は落ち着いてrelaxして逝った
自分の思い描く自分を生ききったんだんなぁ

凄いやつだなぁ

やりきったんだなぁ〜


「トンデモナイこれから飛ぶんです」:小林陽介



そうそうそうだよね
満願成就してこれからだよね


似てると言われる漢
何がどこが似てるか
ちょっとわかった

古代の先達が生きた世界観を共有したい

知識として
情報として
だけでなく
体感として

時間も空間も飛び越えた共感
それを体感したかった
した
しきった

そういうことなんじゃないかと


世界観そのものになりきったとき
その命は永遠となる
なぜなら
その世界観を生きる人がこの先も生き続けるかぎり
その人たちのなかに在り続けるから

そういうことなんだと

〜偲ぶ会〜にて
天狗の面をかぶり
依り代となったこともあいまって
そう感じます


俺が彼と出逢ったことの意味は
散りばめられたメタファーの読み解きにあるような
そんな気に迫られ
〜偲ぶ会〜以来のなんだかモヤモヤを
こうして言葉に降ろすことで
荷を降ろすことができるような気がします

途方もない話だけど
マジでそういう生き方を貫いた漢がいたんだ
彼の痕跡からはそう読める
それをどう評価するかは抜きに

そしてそういう生き方は儲からないこと
どうも確かな事実らしい……………

俺はどう生きよう
どう逝こう

氣楽に行こう
そうしよう(^_^)


f0257789_17253048.jpeg





f0257789_19000028.jpeg

[PR]
# by kei-grande | 2018-01-19 18:56 | Outros その他 | Comments(0)