井の中の蛙大海を知らず…といえども:I think

…といえども
その高き天の蒼さを知る

だったかなんだったか付け加えた人のことをチラッとうろ憶え


ニッチな仕事です

太鼓屋

それも太鼓好きの人種にもあまり知られていない
アタバキ
がそのベース

小さな井戸の底から仰ぎ見る空がすべて
知らないことだらけです


それでも続けているとなんか見えて来るもんで

まぁ要は気持ちいい音が鳴ればいいんでしょ?

気持ちイイの
その
イイ
にはいろんな
イイ
が有るわけだけど

何を持って
イイ
とするか…

そこがミソ

だな
とか思うのです。

イイ
と感じる感性は
人それぞれに
それぞれで

絶対普遍のイイ
という決まった形の
イイ
は無い

という結論に
現時点では仮定

となると

イイ
の具体的なイメージをどう定めたらウケるのか

それは対話

太鼓を叩き始め作り始めたきっかけ
ブラジル伝統民俗文化
カポエイラ
を教えてくれたお師匠さん
メストリ・ブラジリア

よく話してくれた

"Três verdades"
「三つの真実」

この世界には三つの真実がある

一つには、わたしの真実
二つ目は、あなたの真実
そして最後に、真実の真実

わたしの真実
あなたの真実

互いに相入れない二つの真実が
真実の真実へと合意に至るその道筋は

対話

それしかない


…で

結局のところ“真実の真実”っていうのは

真実の真実なんてのは無いんだよ
有るのはただ
あなたとわたし、彼、彼女
それぞれにそれぞれの真実の世界
そのなかで生きている
それが人間という生き物のサガ
自分というカラの外から俯瞰する視線など
持ちようがない

それが
真実の真実だと思ってた
長いことずーーーーーーっと

いくら対話を重ねようと
けっして折り合うことのない関係なんて
そこかしこに溢れてる

そんなもんだぜ

というのが

“真実の真実”

なんだと
ながいこと




…ここんとこ

ちょっとその感覚から変化


喩えば
たまたま居合わせた人と戯れに合わせる音遊び

あーーーーーーー
今の感じ面白かったねぇ〜♪
と同じ音のつぶのウネリを共有した確信を持てたとき


喩えばひとのからだを触るなか

“あなた”のカラダのなんとも言えない嫌な感じのコリ

どう触っても頑固に主張し続けるソレ

そんなとき
“あなた”をどうこうしようとするのをやめて
“わたし”の在り方
姿勢
バランス
どこか無理してるとこはないか
頑なにこわばってるところがないか
を探して…

relax

した瞬間

“あなた”の頑固なコリがツカレが抜け落ちる
その変化の瞬間を
“あなた”と“わたし”が確かに共有した…

そんなことが当たり前に起きていることに気づき出してから

なんか



…あなたとわたしの垣根を越えた真実の真実というのは

どうも

有るなぁ


とそんなふうに思うこのごろ。




イイ音

なにをもって
あなたとわたし
それぞれに違う感性が
これイイ!
と合意に至るには

やはり対話しかない
互いに関係すること
あなたの欲するところと
わたしに差し出せるワザ
その折り合うところをさぐりさぐり…

こうなんだ
こうでなければ
こうあるべき

という決めつけ
思い込み

思考の型を外した上で
対話を続ける

となんか
収まるところに収まる

イイねぇ

合意に至る

そんな氣がします
ここ最近。




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いただくご縁も
ジャンルレス化が加速中!


感謝^_^






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by kei-grande | 2017-08-02 18:53 | Reparacao 修理 | Comments(0)