To do or not to do:やり過ぎない按配

何をしたらいい
何はしない方がいい

その按配をどう見極める?

そのあたりがここのところの身の回りでのさまざまに共通するキーワードのような…


山のことしかり

鹿を獲るか獲らないか
木を伐るか伐らないか


身体のことしかり

陰陽表裏の虚実のまさにちょうどイイ按配





太鼓もしかり

こと、修理においてもまた。

ここのところ立て続けて話が来た二つのアタバキ修理
それぞれ別口からルートながらじつは同じグループで演奏してる仲間だった…
という話は置いといて

続けて修理するなか

どこまで手を入れるか
どこまでで停めるか

その按配をどう見極めるか…

とにかく触りながら眺めながら
叩きながら
それを作った職人の込めた想いを読み解きながら

その上に“私”は
“私の培って来た技術”を持ってどう絡んでいくのが
その太鼓にとってより面白い展開になるのか探り探り…

濃いぃ〜セッションみたいな感覚で




みたいなことを
音楽で
様々な人と音を合わせるなか
気にし出したこのごろ。


そんなことを考えるようになったのは
どうしたら
どうなる
みたいなのがだんだんと見えて来たからこそ
…なんかなぁ

技術の世界
底なしの深さで面白い

みんながみんな
それぞれに得意な部分でそれぞれのスタイルで
“職人”に徹したのなら

自分以外の“職人”の仕事にたいして
やってることは違っても
身体感覚として共有できる部分の幅は間違いなくひろがる
感覚的な共鳴は他者を理解することに繋がる…
他人の仕事を認めることは
自分の仕事を認めることに繋がる…

そんな気がする

我も良し
彼も良し
みんな良し

良いも悪いもみんな良し

だから自分は自分のやりたいことを
やりたいようにやる

で良いんじゃないかな
いろいろ

とか
そんなことを考えながらの日々太鼓日和。



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To do or not to do...
That is the appearance of each sensibility.
Neither a correct answer nor an incorrect answer is there.

これが良い按配だという決まった形なんてない
有るのはただ
それぞれの感性に応じた
それぞれにちょうど良い按配
それだけだ



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by kei-grande | 2017-06-01 18:08 | Reparacao 修理 | Comments(0)