ケテとデヴァさんと音楽とハートビート



音楽ナメてんじゃねぇよ!

真剣に音楽がやりたいんか、ただ目立ちたいだけなんか
どっちなんかハッキリしろ!

とある機会にド叱ってくれたのがデヴァさんでした。


音楽ってショージキよくわからんのです

わからないなりに適当に叩いて
なんとなくで
太鼓触り始めて17年目のことでした

音楽やってるって感覚はあんまりなかったのです
ただ太鼓を叩いてる
それだけ

でもデヴァさんの雷が落ちて以来

アレ?
音楽ってどういうこと?
音楽のなんたるかがわからないままただなんとなく叩いてる俺でも
音楽として太鼓を捉えれるようになるの?
捉えてもいいの?


みたいな…
なんというか
新鮮な気持ちに


そんな転換点からまだ一年経ってませんが
なんか意識が変わって以来
すごく自分自身の出す音が変わった自覚有ります

そうこうするうち様々な繋がりのなかで
楽器提供という形でデヴァさんのWSとコラボさせて貰えることとなり
第一回、第二回を終え


今までにほとんど知ることのなかったジャマイカのリズム

ハートビート


その構造のなんとなくの概要とその音が心身に及ぼす影響を感じるにつれ

逆に今まであまり意識することのなかった
ブラジルのリズムの持つ構造とその音が心身に及ぼす影響というのを
感じれるようになった感と同時に
血のなかに在る和のリズムや
様々に枝分かれして来た人類という種の根っこから来るリズムみたいなものも
ボンヤリとながら感じるこの頃

習い
身体に慣らしてきたけれども
ホントのところ
しっかりと音を感じてなかったなぁ

という発見!

自分にとって馴れていることほど
無意識になりがち
無神経になりがち

馴れないことをすることによって
比較が出来る

対象があって始めて無意識的に習慣化されたことが意識化出来るんだ
という気づきのなかから

音楽とは
音が心身に及ぼす力を理解したうえで
意識的にその音の効力を発揮させること

…なんじゃないかな

みたいなことを
学んだというか
気づかせて貰ったというか
予感させてくれた

濃いぃ〜WSでした!

だからといって急に凄く叩けるようになった
というわけじゃないけれど

少なくともこれが“音楽”というヤツの一つの入り口なんじゃないかという予感だけは
確信的に有るのです。



いわゆる“学校教育”のなかでの音楽の成績はだいたい1か2でした

そもそも音符が読めない
文字を覚えたばかりの子供が
その一文字一文字を指で押さえながらたどたどしく読む程度にしか

五線譜の5本の線のどこに音符が有るのか
パッと見で掴めない

音符のあらわす音の長さの概念はかろうじて
だけどそれがゴチャゴチャと続いてるともうわかんない


そんなちょっとした劣等感というのが有ったのだけれど

第二回目のとき
デヴァさんが自身の覚えとして用意して来た手書きのテキストに

“ド”
とか
“ドッ”
とか

音とリズムのニュアンスをカタカナ表記してるのを目にし

あ!

この人も同じかも…

凄く頭の回転が速くキレる人では決してなく

ただ
音楽ってなんなのか
ずーっと愚直に探し続けて来た人

ただただ続けて来た人

そして
人の意識を変容させる力が音には有ると気づき
そしてその音の力を操れるようになった人

そういう人なんだ、きっと!

と直観。

五線譜が読めない俺でも
そういう音の力を操れるようになれる
そういう可能性を夢想しても良いのかも

と思わせてくれる

そんな存在がデヴァさんで
デヴァさんのWSでした。

近日5/21
デヴァさんの還暦祝いの翌日
第三回目開催です♪


“ハートビート”

それは心音
鼓動

人が母の胎内に命宿り
最初に意識が捉える感覚
それが心音なんじゃないかと
ふと

心臓が出来上がったとき
意識が芽生えるとき

個の誕生の原点

太鼓の音ってそういうことなのかも

原点回帰

グラウンディング


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by kei-grande | 2017-05-17 01:02 | Outros その他 | Comments(0)